日月神示 第五巻 地つ巻

地つ巻 第一帖(一三八)

 書き知らすぞ。
世界は一つのミコトとなるのぞ、
それぞれの言の葉はあれど、
ミコトは一つとなるのであるぞ。
てんし様のミコトに従うのざぞ、
ミコトの世近づいて来たぞ。
九月十五日、一二

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地つ巻 第二帖(一三九)

 今は闇の世であるから
夜の明けた申しても、
誰にもわからんなれど、
夜が明けたらなるほどそうでありたかと
ビックリするなれど、
それでは間に合わんのざぞ、
それまでに心改めておいて下されよ、
この道を信ずれば、
すぐ良くなると思うている
臣民もあるなれど、
それは己の心のままぞ、
道に外れた者は誰(だ)れ彼(か)れは
ないのざぞ、
これまでのやり方スクリと変えねば、
世は治まらんぞと申してあるが、
上(うえ)の人苦しくなるぞ、
途中の人も苦しくなるぞ、
おまわりの言うこと聞かんようになるぞ。
九月の十六日、ひつ九のか三。

解読

 

地つ巻 第三帖(一四〇)

 人民同志の戦いでは到底(とうてい)
かなわんなれど、
いよいよとなりたらがうつりて
手柄さすのであるから、
それまでに身魂磨いておいてくれよ。
世界中が攻め寄せたと申しても、
誠には勝てんのであるぞ、
誠ほど結構なものないから、
誠が風(かみかぜ)であるから、
臣民には誠なくなりていると、
どんな気の毒出来るかわからんから、
くどう気つけておくのざぞ、
肝(はら)、掃除せよ。
九月の十六日、ひつ九のか三。

解読

 

地つ巻 第四帖(一四一)

 この神示(ふで)いくらでも
出て来るのざぞ、
今の事と先の事と、三千世界、
何もかもわかるのざから、
よく読みて、肝に入れておいてくれよ、
この神示盗まれぬようになされよ、
神示盗りに来る人あるから
気つけておくぞ。
 この道は中行く道ぞ、
左も右(みぎり)も偏(かたよ)っては
ならんぞ、
いつも心にてんし様拝みておれば、
何もかも楽にゆけるようになりて
いるのざぞ、
我(われ)が我がと思うていると、
鼻ポキリと折れるぞ。
九月十六日、ひつ九

解読

 

地つ巻 第五帖(一四二)

 片輪車でトンテントンテン、
骨折り損のくたびれ儲けばかり、
いつまでしているのぞ、
にまつろえと申してあろうがな、
臣民の智恵で何出来たか、
早う改心せよ。
三月三日、五月五日は結構な日ぞ。
九月の十六日、ひつ九のか三。

解読

 

地つ巻 第六帖(一四三)

 の国八つ裂きと申してあること
いよいよ近づいたぞ、八つの国、
一つになりての国に攻めて来るぞ。
目覚めたらその日の生命(いのち)
お預かりしたのざぞ、
の肉体、の生命、大切せよ。
の国はの力でないと
治まったことないぞ、第一ぞ、
いつまでも卍(仏)や十(キリスト)や
九(いろいろなもの?)に
こだわっているのざ。
出雲の様大切に、有り難くお祀りせよ、
尊い様ぞ。天津、国津神、
みなの(かみがみ)様に御礼申せよ、
まつろいて下されよ、
結構な恐い世となりて来たぞ、
上下(うえした)グレンぞ。
九月十七日、一二

解読

 

地つ巻 第七帖(一四四)

 にまつろう者には生も死もないのぞ、
死のこと、まかると申してあろうがな、
生き通しぞ、亡骸(なきがら)は臣民は
残さなならんのざが、
臣民でも昔は残さないで死(まか)った
のであるぞ、
それがまことの国の臣民ぞ、ミコトぞ。
 世の元と申すものは、
天も地も泥の海でありたのざぞ。
その時から、この世始まってから
生き通しの神々様の御(おん)働きで
五六七(ミロク)の世が来るのざぞ。
肝が出来ておると、
肝に神つまりますのざぞ、
高天原(たかあまはら)ぞ、
神漏岐(かむろぎ)、
神漏美(かむろみ)の命(みこと)
忘れるでないぞ。
そこからわかりて来るぞ。
 海をみな船で埋めねばならんぞ、
海断たれて苦しまんようにしてくれよ、
海めぐらしてあるの国、
清めに清めておいたの国に、
外国の悪渡りて来ては残念ぞ。
見ておざれ、の力現わす時来たぞ。
九月十八日、ひつ九

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地つ巻 第八帖(一四五)

 祓えせよと申してあることは、
何もかも借銭なしにすることぞ。
借銭なしとはメグリなくすることぞ、
昔からの借銭は誰にでもあるのざぞ、
それ払ってしまうまでは
誰によらず苦しむのぞ、
人ばかりでないぞ、家ばかりでないぞ、
国には国の借銭あるぞ。
世界中借銭なし、
何しても大望(たいもう)であるぞ。
 今度の世界中の戦(いくさ)は
世界の借銭なしぞ、
世界の大祓(おおはらえ)ぞ。
神主、お祓(はら)いの
祝詞(のりと)あげても何にもならんぞ、
お祓(はらえ)祝詞は宣(の)るのぞ、
今の神主宣ってないぞ、
口先ばかりぞ、祝詞も抜けているぞ。
畔放(あはなち)、頻蒔(しきまき)や、
国津罪、
みな抜けて読んでいるでないか、
臣民の心には汚く映るであろうが、
それは心の鏡曇っているからぞ。
悪や学に騙されて、
肝心の祝詞まで骨抜きに
しているでないか、
これでは世界は浄(きよ)まらんぞ。
祝詞は読むものではないぞ、
神前で読めばそれで
よいと思うているが、
それだけでは何にもならんぞ。
宣るのざぞ、いのるのざぞ、
なりきるのざぞ、とけきるのざぞ、
神主ばかりでないぞ、皆心得ておけよ、
のことは神主に、仏は坊主にと
申していること根本の大間違いぞ。
九月十九日、ひつ九の

解読

 

地つ巻 第九帖(一四六)

 一二(ひつき)のにひと時拝せよ、
の恵み、身にも受けよ、
からだ甦るぞ、の光を着よ、
み光を頂けよ、食べよ、
ほど結構なものないぞ、
今の臣民、ヒ(日)を頂かぬから
病になるのざぞ、
の子はの子と申してあろうがな。
九月二十日、ひつ九のか三。

解読

 

地つ巻 第十帖(一四七)

 何事も方便と申して
自分勝手なことばかり申しているが、
方便と申すものの国には無いのざぞ。
まことがことぞ、まのことぞ、
言霊(ことだま)ぞ。
これまでは方便と申して逃げられたが、
もはや逃げること出来ないぞ、
方便の人々、早う心洗いてくれよ、
方便の世は済みたのざぞ、
今でも仏の世と思うていると
ビックリが出るぞ、
の国、元のがスッカリ現われて
富士の高嶺(たかね)から
天地(あめつち)へ祝詞するぞ、
岩戸閉める御役になるなよ。
九月二十日、ひつ九のか三。

解読

 

地つ巻 第十一帖(一四八)

 世界丸めて一つの国にするぞと
申してあるが、
国はそれぞれの色の違う臣民によりて
一つ一つの国作らすぞ。
その心々によりて、
それぞれの教え作らすのぞ。
旧(ふる)きものまかりて、
また新しくなるのぞ、
その心々の国と申すは、
心々の国であるぞ、
一つの王で治めるのざぞ。
天津日嗣(あまつひつぎ)の
皇子(みこ)様が世界中照らすのぞ、
地(くに)のひつきの御役(おんやく)も
大切の御役ぞ。
 道とは三つの道が一つになることぞ、
満ち満つことぞ、元の昔に返すのざぞ、
修理固成(つくりかため)の終わりの
仕組みぞ、終わりは始めぞ、
始めは一(ひ)(霊)ぞ。
富士、都(みやこ)となるのざぞ、
幽界(がいこく)行きは外国行きぞ、
の国、光りて目あけて見れん
ことになるのざぞ、
臣民の身体からも光が出るのざぞ、
その光りによりて、
その御役、位(くらい)、
わかるのざから、ミロクの世となりたら
何もかもハッキリして
嬉し嬉しの世となるのぞ、
今の文明なくなるのでないぞ、
魂(たま)入れて、
いよいよ光りて来るのぞ、
手握りて草木も四(よ)つ足も
みな歌うこととなるのぞ、
御光(みひかり)にみな
集まりて来るのざぞ、
てんし様の御光はの光であるのざぞ。
九月二十日と一日、一二か三。

解読

 

地つ巻 第十二帖(一四九)

 この道は道なき道ざぞ、
天理も金光も黒住も
今は魂(たましい)抜けておれど,
この道入れて生きかえるのぞ、
日蓮も親鸞も耶蘇(やそ)も何もかも
みな脱け殻ぞ、
この道で魂(たま)入れてくれよ、
この道は  、
の中に 入れてくれと
申してあろうが。
臣民も、世界中の臣民も国々も、
みな同じことぞ、 入れてくれよ、
を掃除しておらぬと 入らんぞ、
今度の戦はの掃除ぞと
申してあろうがな、まつりとは、
まつり合わすことと申してあろうがな、
この道は教えでないと言うてあろうが、
教会や他の集いでないと
申してあろうがな、
人集めてくれるなと申してあろうがな、
世界の臣民みな信者と申してあろうが、
この道は道なき道ぞ、
時なき道ぞ、光ぞ。
この道でみな生き返るのざぞ。
天明阿保になりてくれよ。
我(が)捨ててくれよ、
神懸(か)かるのに苦しいぞ。
九月二十三日、一二

解読

 

地つ巻 第十三帖(一五〇)

 赤い眼鏡かければ赤く見えると
思うているが、
それは相手が白い時ばかりぞ、
青いものは紫に映るぞ。
今の世は色とりどりの眼鏡とりどりざから
見当取れんことになるのざぞ、
眼鏡はずすに限るのぞ、
眼鏡はずすとは洗濯することざぞ。
上(うえ)ばかり良くてもならず、
下(しも)ばかり良くてもならんぞ。
上も下も天地揃うて良くなりて、
世界中の臣民、獣(けもの)まで
安心して暮らせる新(さら)の世に
致すのざぞ、取り違えするなよ。
九月二十三日、一二

解読

 

地つ巻 第十四帖(一五一)

 この道わかりた人から
一柱(ひとはしら)でも早う出て参りて
神の御用なされよ。
何処(どこ)におりても御用は
いくらでもあるのざぞ。
神の御用と申して、稲荷下げや
狐憑きの真似はさせんぞよ。
この道は厳しき道ざから楽な道なのぞ。
上にも下にも花咲く世になるのざぞ、
後悔は要らぬのざぞ。
上(かみ)は見通しでないとカミでないぞ、
今のカミは見通しどころか
目ふさいでいるでないか。
蛙(かえる)いくら鳴いたとて夜明けんぞ、
赤児になれよ、ごもく捨てよ、
その日その時から顔まで変わるのざぞ、
烈(はげ)しく結構な世となりたぞ。
九月二十三日、ひつ九のか三。

解読

 

地つ巻 第十五帖(一五二)

 の国の上(かみ)の役員に
わかりかけたら
バタバタに埒(らち)つくなれど、
学や智恵が邪魔してなかなかに
わからんから、くどう申しているのざぞ。
臣民物言わなくなるぞ、
この世の終わり近づいた時ぞ。
石、物言う時ぞ。
神の目には外国も日本(やまと)も
ないのざぞ、みながの国ぞ。
七王(ななおう)も八王(やおう)も
作らせんぞ、一つの王で治めさすぞ、
てんし様が世界みそなわすのざぞ。
世界中の罪負いておわします
スサノオの大神様に気づかんか、
盲、聾ばかりと申してもあまりでないか。
九月二十三日、ひつ九のか三。

解読

 

地つ巻 第十六帖(一五三)

 が臣民の心の中に
宝いけておいたのに、
悪に負けて汚してしもうて、
それで不足申していることに気づかんか。
一にも金、二にも金と申して、
人が難儀しようが我(われ)さえよけら
よいと申しているでないか。
それはまだよいのぞ、
の面(めん)かぶりて口先ばかりで
神様神様、てんし様てんし様と申したり、
頭下げたりしているが、
こんな臣民一人も要らんぞ、
いざという時は尻に帆かけて
逃げ出す者ばかりぞ、
犬猫は正直でよいぞ、
こんな臣民は今度は
気の毒ながらお出直しぞ。
 の申したこと一分一厘違わんのざぞ、
その通りになるのざぞ。
上に唾(つばき)すれば
その顔に落ちるのざぞ、
時節ほど結構な恐いものないぞ、
時節来たぞ、慌てずに急いで下されよ。
世界中唸(うな)るぞ。
陸が海となるところあるぞ。
今に病神(やまいがみ)の仕組みに
かかりている臣民苦しむ時近づいたぞ、
病はやるぞ、この病は見当とれん病ぞ、
病になりていても、
人もわからねば我もわからん病ぞ、
今に重くなりて来るとわかりて来るが、
その時では間に合わん、手遅れぞ。
この方の神示よく肝に入れて
病追い出せよ、
早うせねばフニャフニャ腰になりて
四ツン這(ば)いで這い廻らなならん
ことになると申してあろうがな、
の入れものワヤにしているぞ。
九月二十三日、ひつ九のか三。

解読

 

地つ巻 第十七帖(一五四)

 まことの善は悪に似ているぞ、
まことの悪は善に似ているぞ、
よく見分けなならんぞ、
悪の大将は光り輝いているのざぞ、
悪人はおとなしく見えるものぞ、
日本の国は世界の雛形(ひながた)
であるぞ、雛形でないところは
真のの国でないから、
よほど気つけておりてくれよ、
一時は敵となるのざから、
ちっとも気許せんことぞ、
がとくに気つけておくぞ。
今は日本の国となりても、
の元の国でないところもあるのざから、
雛型見て、
よく肝に入れておいて下されよ、
後悔間に合わんぞ。
九月二十三日、ひつ九の

解読

 

地つ巻 第十八帖(一五五)

 我(わ)れ善(よ)しの政治ではならんぞ、
今の政治経済は我れ善しであるぞ。
臣民のソロバンで政治や経済
してならんぞ、
の光のやり方でないと治まらんぞ、
与える政治がまことの政治ぞよ、
臣民勇む政治とは、
上下(うえした)まつろい合わす
政治のことぞ、
(日)の光ある時は、
いくら曇っても闇ではないぞ、
いくら曇っても悪が妨げても昼は昼ぞ、
いくら灯(あか)りつけても夜(よ)は夜ぞ、
のやり方は日の光と申して、
くどう気つけてあろうがな。
 政治ぞ、これは経済ぞと分けることは、
政事(まつりこと)でないぞ、の臣民、
魂(たま)と肉体の別ないと
申してあることわからぬか、
のやり方は人の身魂(からたま)、
人のはたらき見ればすぐわかるでないか。
肝にチャンと鎮まっておれば
何事も箱さしたように動くのざぞ、
いくら頭が偉いと申して、
胃袋は頭の言う通りには動かんぞ、
この道理わかりたか。
ぢゃと申して味噌も糞も一つにしては
ならんのざぞ。
 の政治はやさしい難しいやり方ぞ、
高きから低きに流れる水のやり方ぞ。
の印(しるし)付けた悪来るぞ。
悪の顔したあるぞ。
飛行機も船も臣民もみな同じぞ。
足元に気つけてくれよ、
向こうの国はちっとも
急いではおらぬのぞ、
自分で目的達せねば子の代、
子で出来ねば孫の世と、
気長くかかりているのざぞ、
の国の今の臣民、
気が短いからしくじるのざぞ、
しびれ切らすと立ち上がれんぞ、
急いではならんぞ、急がねばならんぞ。
の申すこと取り違いせぬように
してくれよ。
よくこの神示読んでくれよ、
元の邪気(じゃき)凝(こ)りて
湧いて出た悪の種は、
邪気(じゃき)と大蛇(おろち)と
四ツ足となって、邪気には二本の角、
大蛇は八(や)ツ頭(がしら)、
八ッ尾、四ツ足は
金毛(きんもう)であるから
気つけておくぞ。
四ツ足は女(おみな)に
憑いて化けているから、
守護神殿、臣民殿、
騙(だま)されないように致して下されよ。
九月二十三日、あの、ひつ九のか三。

解読

 

地つ巻 第十九帖(一五六)

 世成り、神国の太陽足り満ちて、
皆みち足り、神国の月神、
世をひらき足り、弥栄にひらき、月光、
統べてはみち、結び出づ、
道は極みに極む、一二三(ひふみ)、
三四五(みよいづ)、五六七(みろく)、
弥栄々々ぞ、神、仏、耶ことごと和し、
和して足り、太道ひらく永遠、
富士は晴れたり、太神は光り出づ、
神国のはじめ。
九月二十四日、一二ふみ。

解読

 

地つ巻 第二十帖(一五七)

 世界に変わりたこと出来たら、
それは(かみがみ)様の渡られる橋ぞ、
本清めねば末は清まらんぞ、
根断ちて葉繁らんぞ、
元の種が大切ざぞ、
種は元から選(よ)り分けてあるのざぞ、
せんぶり苦いぞ。
九月の二十四日、ひつ九のか三。

解読

 

地つ巻 第二十一帖(一五八)

 神界のことは現界ではなかなかに
わかるものでないということわかりたら、
神界のことわかるのであるぞ。
一に一足すと二となるというソロバンや
物差しでは見当取れんのざぞ。
今までの戦でも、神が蔭から守っている
ことわかるであろうがな、
あんな者がこんな手柄立てたと
申すことあろうが、
臣民からは阿呆に見えても、
素直な人にはが憑かりやすい
のであるから、早う素直に致してくれよ、
海の津波気つけてくれ、
前に知らせてやるぞ。
九月二十五日、ひつ九か三。

解読

 

地つ巻 第二十二帖(一五九)

 我(われ)が助かろうと思うたら
助からぬのざぞ、その心我れ善しざぞ、
身魂(みたま)磨けた人から
救うてやるのざぞ、うつるのざぞ、
御魂曇りた人にもはうつるのざぞ、
のうつりた人との憑かりた人との
大戦(おおいくさ)ぞ、 とが戦して、
やがては を中にしてがおさまるのぞ。
その時はでなく、 も 
ないのざぞ、となるのざぞ、
のまつりぞと申してあろうがな。
 どちらの国も潰れるところまでに
なるのぞ、人民同士はもう敵わんと
申しても、この仕組成就するまでは、
が戦はやめさせんから、
がやめるわけに行かんから、
今止めたら、またまた悪くなるのぞ、
の世となるのぞ、
の世界となるのぞ。
今の臣民九分通りになりているぞ、
早う戦済ませてくれと申しているが、
今、夜明けたら、
臣民九分通りなくなるのざぞ、
お洗濯第一ざぞ。
九月の二十六日、ひつ九のか三。

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地つ巻 第二十三帖(一六〇)

 この神示、心で読みでくれよ、
声だして読みてくれよ、病も直るぞ、
草木もこの神示読みてやれば
花咲くのざぞ。この道広めるには、
教会のようなものつとめてくれるなよ、
集団(まどい)を作りてくれるなよ、
心から心、声から声、
身体から身体へと広めてくれよ、
世界中の臣民みなこの方の民ざから、
早う伝えてくれよ。
神も人も一つであるぞ、
考えていては何も出来ないぞ、
考えないで思う通りにやるのが
神のやり方ぞ、考えは人の迷いざぞ、
今の臣民、
身魂雲りているから考えねばならぬが、
考えればいよいよ曇りたものになる道理
わからぬか。
日暮れを気つけてくれよ、
日暮れ良くなるぞ、
日暮れに始めたことは何でも
成就するようになるのざぞ、
日暮れを日の暮ればかりと思うていると、
臣民の狭い心で取りていると間違うぞ。
のくれのことを申すのざぞ。
九月の二十八日、ひつ九のか三。

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地つ巻 第二十四帖(一六一)

 この方、明神(みょうじん)とも
現われているのざぞ、
臣民守護のために
現われているのであるぞ、
衣(ころも)はくるむものであるぞ、
くるむものとは、まつろうものぞ、
の衣は人であるぞ、
汚(けが)れ破れた衣ではは嫌ざぞ。
衣は何でもよいと
申すようなものではないぞ、
暑さ寒さ防げばよいと申すような
簡単なものでないぞ、
今は神の衣なくなっている、
九分九厘の臣民、
の衣になれないのざぞ、
悪神(あくかみ)の衣ばかりぞ、
今に臣民の衣も九分九厘
なくなるのざぞ、
の国、霊の国と、この世とは
合わせ鏡であるから、
この世に映って来るのざぞ、
臣民身魂洗濯してくれと
くどう申してあろうがな、
この道理よくわかりたか。
十月とは十(かみ)の月ぞ、
┃(陽)と−(陰)との組みだ月ぞ。
九月の二十八日、ひつ九のか三。

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地つ巻 第二十五帖(一六二)

 新しくその日その日の生まれ来るのぞ、
三日は三日、十日は十日の
神殿(どの)護るのざぞ、
時の神ほど結構な恐い神ないのざぞ、
この方とて時節にはかなわんこと
あるのざぞ、
今日なれば九月の二十八日であるが、
旧の八月十一日殿を拝みてくれよ、
二十八日殿もあるのざぞ、
何事も時待ちてくれよ、
炒豆(いるまめ)にも花咲くのざぞ、
この世では時の神様、
時節を忘れてはならんぞ、
時は神なりぞ。
何事もその時節来たのざぞ、
時過ぎて種蒔(ま)いても
お役には立たんのであるぞ、
草物いうぞ。
旧の八月の十一日、ひつ九か三。

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地つ巻 第二十六帖(一六三)

 雨の日は傘いるのざと申して
晴れたら要らぬのざぞ、
その時その時の御用あるのざぞ、
晴れた日とて傘要らぬのでないぞ、
今御用ある臣民と、
明日御用ある臣民とあるのざぞ、
二歳(ふたつ)の時は二歳の着物、
五歳(いつつ)は五歳、
十歳(とう)は十歳の着物あるのざぞ。
十柱(とはしら)の御役もその通りざぞ、
役変わるのぞ。
旧八月の一二日、ひつ九のか三。

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地つ巻 第二十七帖(一六四)

 天地(てんち)には天地の、
国には国の、ビックリ箱開(あ)くのざぞ、
ビックリ箱開いたら臣民みな思いが
違っていることわかるのぞ、
早う洗濯した人からわかるのぞ、
ビックリ箱開くと、の規則通りに
何もかもせねばなならんのぞ、
目あけておれん人出来るぞ、
の規則は日本も支那しなも
インドもメリカもキリスもオロシヤも
ないのざぞ、
一つにして規則通りが出来るのざから、
今に敵か味方かわからんことになりて
来るのざぞ。
 学の世はもう済みたのぞ、
日に日に神力現われるぞ、
一息入れる間もないのぞ。
ドシドシ事を運ぶから遅れんように、
取り違いせんように、
慌てぬようにしてくれよ。
神々様もえらい心配なされて
ござる方あるが、
仕組はりゅうりゅう、
仕上げ見て下されよ。
旧九月になればこの神示に変わりて
天の日つくの神の
御神示(おんふで)出すぞ、
初めの役員それまでに引き寄せるぞ、
八分通り引き寄せたなれど、
あと二分通りの御役の者引き寄せるぞ、
遅し早しはあるなれど、
神の申したこと一厘も違わんぞ、
二三(ふみ)は晴れたり日本晴れ、おけ
十月の四日、ひつ九のか三、二三(ふみ)。

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地つ巻 第二十八帖(一六五)

 の国にはのやり方、
外国には外国のやり方あると
申してあろうがな、戦もその通りぞ、
の国はの国のやり方せねば
ならんのざぞ、
外国のやり方を真似(まね)ては
外国強いのざぞ、
戦するにも身魂磨き第一ぞ。
一度に始末することは易(やす)いなれど、
それではの国を一度は
丸潰しにせねばなならんから、
待てるだけ待っているのざぞ、
仲裁する国はなく、
出かけた船はどちらも
後へ引けん苦しいことになりて来るぞ、
気つけるぞ。
十月六日、ひつくのか三。

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地つ巻 第二十九帖(一六六)

 

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地つ巻 第三十帖(一六七)

 

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地つ巻 第三十一帖(一六八)

 

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地つ巻 第三十二帖(一六九)

 

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地つ巻 第三十三帖(一七〇)

 

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地つ巻 第三十四帖(一七一)

 

解読

 

地つ巻 第三十五帖(一七二)

 

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地つ巻 第三十六帖(一七三)

 

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