日月神示 第三巻 富士の巻

富士の巻 第一帖(八一)

 道はいくらもあるなれど、
どの道通っても良いと申すのは、
悪のやり方ぞ、の道は一つぞ、
始めからの世の道、
変わらぬ道があれば良いと申しているが、
どんなことしても我(われ)さえ立て
ばよいように申しているが、
それが悪の深き腹の一厘ぞ。
の道は始めの道、の成れる道、
の中の なる初め、
は光の は世の道、
この事気のつく臣民ないなれど、
一が二わかる奥の道、
身魂掃除すればこのことわかるのざ、
身魂磨き第一ぞ。
八月十日、の一二

解読
> 道はいくらもあるなれど、
>どの道通っても良いと申すのは、
>悪のやり方ぞ、
>の道は一つぞ、
>始めからの世の道、
(神人)に至る道はただ一つ。
ミロクの世の道。
『智慧の道』

 

富士の巻 第二帖(八二)

 甲斐の山々に立ちて、
ヒレ振りて祓いてくれよ、
一二(ひつき)に仕えている臣民、
代わる代わるこの御役つとめてくれよ。
今は分わかるまいなれど結構な御役ぞ。
 この神示腹の中に入れておいてくれと
申すに、言うこと聞く臣民少ないが、
今に後悔するのがよくわかりているから、
はくどう気つけておくのぞ、
読めば読むほど神徳あるぞ、
どんなことでもわかるようにしてあるぞ、
言うこときかねば一度は種だけにして、
根も葉も枯らせてしもうて、
次の世の大掃除せねばならんから、
種のあるうちに気つけておれど、
気つかねば気の毒出来るぞ。
 今度の祭典(まつり)御苦労でありたぞ、
神界では神々様大変の御喜びぞ、
雨の神、風の神殿、
ことに御喜びになりたぞ。
 この大掃除一応やんだ止んだと
安堵(あんど)する。
この時、富士鳴門がひっくり返るぞ、
天の道、地の道ぞ、ひっくり返るぞ、
早う会心してくれよ。
八月の十一日、のひつくの

解読

 

富士の巻 第三帖(八三)

 メリカもキリスは更なり、
ドイツもイタリもオロシヤも外国はみな
一つになりての国に
攻め寄せて来るから、
その覚悟で用意しておけよ。
神界ではその戦の最中ぞ。
学と神力との戦と申してあろがな、
どこからどんなこと出来るか、
臣民にはわかるまいがな、
一寸先も見えぬほど曇りておりて、
それでの臣民と思うているのか、
畜生にも劣りているぞ。
まだまだ悪くなって来るから、
まだまだ落ち沈まねば
本当の改心出来ん臣民沢山あるぞ。
 玉とは御魂(おんたま)ぞ、
鏡とは内に動く御力ぞ、
剣(つるぎ)とは外に動く御力ぞ、
これを三種(みくさ)の神宝(かんざから)
と申すぞ。
今は玉がなくなっているのぞ、
鏡と剣だけぞ、
それで世が治まると思うているが、
肝腎(かんじん)の真中ないのざ、
それでちりちりばらばらぞ。
アとヤとワの世の元要るぞと
申してあろがな、
この道理わからんか、
剣と鏡だけでは戦勝てんぞ、
それで早う身魂磨いてくれと
申してあるのぞ。
上下(うえした)ないぞ、
上下に引っ繰り返すぞ、
もう待たれんところまで来ているぞ、
身魂磨けたらどんなところで
どんなことしていても心配ないぞ、
神界の都(みやこ)には
悪が攻めて来ているのざぞ。
八月の十二日、のひつくの

解読

 

富士の巻 第四帖(八四)

 一二三(ひふみ)の仕組みが済みたら
三四五(みよいづ)の仕組ぞと
申してありたが、
世の元の仕組は三四五の仕組みから
五六七(みろく)の仕組みとなるのぞ、
五六七の仕組みとは
ミロクの仕組みのことぞ、
獣と臣民とハッキリ分かりたら、
それぞれの本性出すのぞ、
今度は万劫末代(まんごうまつだい)
のことぞ、
気の毒出来るから洗濯大切と
申してあるのぞ。
今度お役決まりたらそのまま
いつまでも続くのざから、
臣民よくこの神示読みておいてくれよ。
八月十三日、のひつくのか三。

解読
一二三(ひふみ)の仕組み:岩戸開き
三四五(みよいづ)の仕組:情報公開
五六七(みろく)の仕組み:次元融合

 

後半は、現天明さんの御役目についてのおはなしです。最後の試練に合格したら、引き続き御役目を引き継げるようです。次元融合したら終わりではないようですね。その前後の時期が大変そうです。頑張ってくださいまし。

 

富士の巻 第五帖(八五)

 喰う物がないと申して臣民不足
申しているが、
まだまだ少なくなりて、
一時は喰う物も飲む物もなくなるのぞ、
何事も行であるから
喜んで行して下されよ、
滝に打たれ、蕎麦粉喰うて行者、
行しているが、
断食する行者もいるが、
今度の行は世界の臣民みな
二度とない行であるから厳しいのぞ。
この行出来る人と、
よう我慢出来ない人とあるぞ、
この行出来ねば灰にするより
ほかないのぞ、
今度の御用に使う
臣民はげしき行させて神うつるのぞ。
今のの力は何も出てはおらぬのぞ。
この世のことは
と臣民と一つになりて出来ると
申してあろがな、
早く身魂磨いて下されよ。
 外国は〇、の国は と申してあるが、
(かみ)ざ、〇は臣民ぞ、
ばかりでも何も出来ぬ。
ばかりでもこの世のことは
何も成就せんのぞ、
それでかかれるように
早う大洗濯してくれと申しているのぞ、
急けるのぞ、この御用大切ぞ、
かかれる肉体沢山要るのぞ。
今度の行は〇を綺麗にする行ぞ、
掃除出来た臣民から楽になるのぞ、
どこにおりても掃除出来た臣民から、
よき御用に使って、から御礼申して、
末代名の残る手柄立てさすぞ。
の臣民、掃除洗濯出来たら
この戦は勝つのぞ、
今は一分もないぞ、一厘もないぞ、
これで国の民と申して威張っているが、
足許(あしもと)からビックリ箱があいて、
四ツん這(ば)いになっても
助からぬことになるのぞ、
穴掘って逃げても、土もぐっていても、
灰になる身魂は灰ぞ、
どこにいても助ける臣民、助けるぞ。
が助けるのでないぞ、助かるのぞ、
臣民もも一緒に助かるのぞ、
この道理よく腹に入れてくれよ、
この道理分かりたらの仕組みは
だんだんわかりて来て、
何という有難いことかと、
心がいつも春になるぞ。
八月の十四日の朝、のひつ九のか三。

解読

 

富士の巻 第六帖(八六)

 今は善の神が善の力弱いから、
善の臣民苦しんでいるが、
今しばらくの辛抱ぞ、
悪神総がかりで善の肉体に
取りかかろうとしているから、
よほどフンドシ締めておらんと負けるぞ。
親や子に悪の神かかりて
苦しい立場にして、
悪の思う通りにする仕組み立てているから
気を付けてくれよ。
 の、も一つ上のの世の、
も一つ上のの世の、
も一つ上のの世は戦済んでいるぞ、
三四五から五六七の世になれば、
天地光りて何もかも見えすくぞ。
八月のこと、八月の世界のこと、
よく気つけておいてくれよ、
いよいよ世が迫りて来ると、
やり直し出来んと申してあろがな。
いつも剣の下にいる気持ちで
心引き締めておりてくれよ。
臣民口で食べる物ばかりで
生きているのではないぞ。
八月の十五日、
ひつくのひつ九のか三しるさすぞ。

解読
国常立神さまの封印が解かれる以前、より高次の神域においてと魔との戦いが繰り広げられ続けておりました。それが完了した後、2018年に入って神界下層部から幽界での浄化が始まったのです。

 

高次領域におけると魔との戦いの状況報告は、前の天明さんである神人氏によって報告がなされています。
参考:「大日月地神示 上巻 下巻」

 

富士の巻 第七帖(八七)

 悪の世であるから
悪の臣民世に出てござるぞ、
善の世にグレンと
引っ繰り返ると申すのは、
善の臣民の世になることぞ。
今は悪が栄えているのざが、
この世では人間の世界が
一番遅れているのざぞ、
草木はそれぞれに
のみことのまにまになっているぞ。
一本の大根でも一粒の米でも
何でも尊くなったであろが、
一筋の糸でも光出て来たであろがな、
臣民が本当のつとめしたなら、
どんなに尊いか、
今の臣民には見当とれまいがな、
神が御礼申すほどに
尊い仕事出来る身魂ぞ、
殊(こと)にの国の臣みな、
まことの光あらわしたなら、
天地が輝いて悪の身魂は
目あいてはおれんことになるぞ。
結構な血筋に生まれていながら、
今の姿は何事ぞ。
はいつまでも待てんから、
いつ気の毒出来るか知れんぞ。
戦恐れているが、
臣民の戦ぐらい何が恐いのざ、
それより己の心に巣喰うてる
悪のみたまが恐いぞ。
八月の十六日、のひつ九のか三。

解読

 

富士の巻 第八帖(八八)

 山は神ぞ、川は神ぞ、海も神ぞ、
雨も神、風も神ぞ、天地みな神ぞ、
草木も神ぞ、神祀れと申すのは
神にまつろうことと申してあろが、
神々まつり合わすことぞ、
皆何もかもまつりあった姿が神の姿、
の心ぞ。
皆まつれば何も足らんことないぞ、
余ることないぞ、これが神国の姿ぞ、
物足らぬ足らぬと臣民泣いているが、
足らぬのでないぞ、
足らぬと思うているが、
余っているのではないか、
上(かみ)の役人どの、まず祀れ、
祀りて心となりての政治せよ、
戦などは何でもなくケリつくぞ。
八月十七日、の一二のか三。

解読

 

富士の巻 第九帖(八九)

 神界は七つに分かれているぞ、
天(あま)つ国三つ、地(つち)の国三つ、
その間に一つ、天国が上中下の三段、
地国(地獄)も上中下の三段、
中界の七つぞ、
その一つ一つがまた七つに
分かれているのぞ
その一つがまた七つにずつに
分かれているぞ。
 今の世は地獄の二段目ぞ、
まだ一段下あるぞ、
一度はそこまで下がるのぞ、
今一苦労あるとくどう申してあることは、
そこまで落ちることぞ、
地獄の三段目まで落ちたら、
もう人の住めん所ざから、
悪魔と神ばかりの世になるのぞ。
この世は人間にまかしているのざから、
人間の心次第ぞ、
しかし今の臣民のような
腐った臣民ではないぞ、
いつも神の懸(か)かっている臣民ぞ、
神懸かりとすぐわかる神懸かりではなく、
肝の底にシックリと 鎮まっている
臣民ぞ、それが人間の真の姿ぞ。
 いよいよ地獄の三段目に入るから、
その覚悟でいてくれよ、
地獄の三段目に入ることの表は
一番の天国に出づることぞ、
神のまことの姿と悪の見られんさまと、
ハッキリ出て来るのぞ、
と獣と分けると
申してあるのはこのことぞ。
何事も洗濯第一。
八月の十八日、の一二

解読

 

富士の巻 第十帖(九〇)

 いよいよ戦烈しくなりて、
喰うものもなく何もなくなり、
住むところもなくなったら
行く所なくなるぞ。
の組みから除かれた臣民と
の臣民とどちらがえらいか、
その時になりたらハッキリするぞ、
その時になりてどうしたら
よいかと申すことはの臣民なら
誰でもが教えて手引っ張ってやるから、
今から心配せずにの御用なされよ。
 の御用と申して自分の仕事を
なまけてはならんぞ。
どんな所にいてもがスッカリと
助けてやるから、の申すようにして、
今は戦しておりてくれよ。
てんし様御心配なさらぬようにするの
が臣民のつとめぞ。
の臣民、九十に気をつけよ、
江戸に攻め来たぞ。
八月の十九日、のひつ九の

解読

 

富士の巻 第十一帖(九一)

 土(つち)は、白は「し」のつく、
黄は「き」のつく、青赤は「あ」のつく、
くろは「く」のつく山々里々から
出て来るぞ、よく探して見よ、
三尺下の土なればよいぞ、
いくらでも要るだけ一杯出て来るぞ。
八月二十日、のひつ九のか三。

解読

 

富士の巻 第十二帖(九二)

 御土はの肉体ぞ。
臣民の肉体もお土から出来ているのぞ、
このことわかりたら、お土の尊いこと
よくわかるであろがな。
おヒナは女(おみな)ぞ。
甲斐の仕組みご苦労であったぞ。
これからいよいよ厳しくなるぞ、
よく世の中の動き見ればわかるであろが、
汚れた臣民上がれぬの国に
上がっているではないか。
いよいよとなりたら
が臣民にうつりて手柄さするなれど、
今では軽石のような臣民ばかりで
神かかれんぞ。
早う神の申すことよく聞いて、
生まれ赤子の心になりて、
の容れものになりてくれよ。
一人改心すれば千人助かるぞ、
今度は千人力与えるぞ、
何もかも悪の仕組みはわかりているぞ、
いくらでも攻めて来てござれ、
には世の元からのの仕組み
してあるぞ、学や智でまだにかなうと
思うてか、にはかなわんぞ。
八月の二十一日、のひつ九のか三。
タイチご苦労でありたぞよ。

解読

 

富士の巻 第十三帖(九三)

 何もかもてんし様のものでないか、
それなのにこれは自分の家ぞ、
これは自分の土地ぞと申して
自分勝手にしているのが
の気に入らんぞ、
一度は天地に引き上げと
知らしてありたこと忘れてはならんぞ、
一本の草でものものぞ。
野から生まれたもの、山から採れたもの、
海の幸も、みなに供えてから臣民戴けと
申してあるわけも、
それでわかるであろうがな。
 この神示(ふで)よく読みてさえおれば
病気もなくなるぞ、
そう言えば今の臣民、
そんな馬鹿あるかと申すが、
よく察して見よ、必ず病も治るぞ、
それは病人(やみびと)の心が
綺麗になるからぞ、
洗濯せよ掃除せよと申せば
臣民何もわからんから、あわてているが、
この神示読むことが洗濯や掃除の
初めで終わりであるぞ、
は無理は言わんぞ、
神の道は無理してないぞ、
よくこの神示読んでくれよ。
読めば読むほど身魂磨かれるぞ、
と申しても、
仕事をよそにしてはならんぞ。
臣民と申すものは馬鹿正直ざから、
神示読めと申せば、神示ばかり読んだなら
よいように思うているが、
裏も表もあるのぞ。
役員よく知らしてやれよ。
八月の二十二日、
のひつ九のか三のお告げ。

解読

 

富士の巻 第十四帖(九四)

 臣民にわかるように言うなれば、
身も心ものものざから、
毎日毎日神から頂いたものと思えば
よいのであるぞ、
それでその身体(からだ)を
どんなにしたらよいかということ
わかるであろうが、
夜になれば眠った時はにお返しして
いるのざと思え、
それでよくわかるであろうが、
身魂磨くと申すことは、
の入れものとして
からお預かりしている、
の最も尊いとことして
お扱いすることぞ。
八月二十三日、の1二のか三。

解読

 

富士の巻 第十五帖(九五)

 嵐の中の捨小舟(すておぶね)ぞ、
どこへ行くやら行かすやら、
船頭さんにもわかるまい、
メリカ、キリスは花道で、
味方と思うた国々も、
一つになりて攻めて来る、
梶(かじ)も櫂(かい)さえ折れた舟、
どうすることもなくなくに、
苦しい時の頼み、
それでは、神も手が出せぬ、
腐りたものは腐らして、
肥やしになりと思えども、
肥やしにさえもならぬもの、
沢山出来ておろうがな、
北から攻めて来る時が、
この世の終わり始めなり、
天にお日様一つでないぞ、
二つ三つ四つ出て来たら、
この世の終りと思えかし、
この世の終りは国の、
始めと思えよ臣民よ、
(かみがみ)様にも知らすぞよ、
神はいつでもかかれるぞ、
人の用意を急ぐぞよ。
八月二十四日、の一二か三。

解読

 

富士の巻 第十六帖(九六)

 一二三(ひふみ)は食、
三四五(みよいづ)は人(ひと)食、
五六七(みろく)は動物食、
七八九(なやこ)は草(くさ)食ぞ、
九十(こと)は元に一二三食、
神国弥栄ぞよ。
人、三四五食に病ないぞ。
八月二十四日、の一二か三。

解読

 

富士の巻 第十七帖(九七)

 九十(こと)が大切ぞと
知らしてあろがな、
戦ばかりでないぞ、何もかも臣民では
見当とれんことになりて来るから、
上(うえ)の臣民は九十に
気つけてくれよ、
お上(かみ)に祀りてくれよ、
にまつろうてくれよ、
くどう申しておくぞ、
早う祀らねば間に合わんのざぞ、
の国の山々には皆祀れ、
川々にみな祀れ、野にも祀れ、
臣民の家々にも落つる
隈(くま)なく神祀れ、
まつりまつりてミロクの世となるのぞ。
臣民の身も神の宮となりて神まつれ、
祀りの仕方知らしてあろう、
は急(せ)けるぞ。
八月二十五日、のひつ九

解読

 

富士の巻 第十八帖(九八)

 神々様みなお揃(そろ)いなされて、
雨の神、風の神、地震の神、
岩の神、荒(あれ)の神、
五柱(いつはしら)七(なな)柱、
八(はち)柱、十(と)柱の神々様が
チャンとお心合わしなされて、
今度の仕組みの御(おん)役決まりて
それぞれに働きなされることに
なりたよき日ぞ。
辛酉(かのととり)は
よき日と知らしてあろがな。
 これから一日一日烈(はげ)しくなるぞ、
臣民心得ておいてくれよ。
物持たぬ人、
物持てる人より強くなるぞ、
泥棒が多くなれば泥棒が正しい
ということになるぞ、
理屈は悪魔と知らしてあろが、
保持(うけもち)の神様ひどくお怒りぞ、
臣民の食い物、
足りるように作らしてあるに、
足らぬと申しているが、
足らぬことないぞ、
足らぬのはやり方悪いのざぞ、
食いて生くべきもので人殺すとは何事ぞ。
それぞれの神様にまつわれば、
それぞれのこと、何でもかなうのぞ、
にまつらわずに、
臣民の学や智恵が何になるのか、
底知れているでないか。
 戦(いくさ)には戦の神あるぞ、
お水に泣くことあるぞ、
保持の様御怒りなされているから、
早う心入れ替えてよ、
この様お怒りになれば、
臣民日干(ひぼ)しになるぞ。
八月の辛酉の日、ひつくのか三さとすぞ。

解読

 

富士の巻 第十九帖(九九)

 神世のひみつと知らしてあるが、
いよいよとなりたら地震、
雷ばかりでないぞ、臣民アフンとして、
これは何としたことぞと、口あいたまま
どうすることも出来んことになるのぞ、
四(よ)ツん這(ば)いになりて
着る物もなく、
獣となりて這い廻る人と、
空飛ぶような人と、
二つにハッキリ分かりて来るぞ。
 獣は獣の性来(しょうらい)
いよいよ出すのぞ、
火と水の災難がどんなに恐ろしいか、
今度は大なり小なり知らさなならん
ことになりたぞ。
一時は天も地も一つにまぜまぜに
するのざから、
人一人も生きてはおられんのざぞ、
それが済んでから、
身魂磨けた臣民ばかり、
が拾い上げてミロクの世の
臣民とするのぞ、
どこへ逃げても逃げ所ないと
申してあろがな、
高い所から水流れるように
時に従いておれよ、
いざという時には神が知らして、
一時は天界へ釣り上げる
臣民もあるのざぞ。
人間の戦や獣の喧嘩くらいでは
何も出来んぞ、
くどう気つけておくぞ、
何よりも改心が第一ぞ。
八月の二十六日、のひつくのか三。

解読

 

富士の巻 第二十帖(一〇〇) 

 今の内に草木の根や葉を日に干して
貯えておけよ、
保食の様御怒りざから、
今年は五分くらいしか食べ物とれんから、
そのつもりで用意しておいてくれよ。
神は気(け)もない時から
知らしておくから、
この神示よく読んでおれよ。
ひと握りの米に泣くことあると
知らしてあろがな、
米ばかりでないぞ、
何もかも、臣民もなくなるところまで
行かねばならんのぞ、
臣民ばかりでないぞ、
(かみがみ)様さえ今度は
無くなる方あるぞ。
臣民というものは
目の先ばかりより見えんから、
呑気(のんき)なものであるが、
いざとなりての改心は間に合わんから、
くどう気つけてあるのぞ。
日本ばかりでないぞ、
世界中はおろか三千世界の大洗濯と
申してあろうがな、
にすがりての申す通りにするより
ほかには道ないぞ、
それで(かみがみ)様を祀りて、
上の御方からも下々からも、
朝に夕に言霊(ことだま)が
この国に満つようになりたら
神の力現わすのぞ。
江戸にまずまつれと、
くどう申してあること
よくわかるであろがな。
八月の二十七日、のひつ九のか三。

解読

 

富士の巻 第二十一帖(一〇一)

 の申すこと何でも素直に
聞くようになれば、
は何でも知らしてやるぞ。
配給のことでも統制のことも、
わけなく出来るのぞ、
臣民みな喜ぶように出来るのぞ、
何もかもに供えてからと
申してあろがな、
山にも川にも野にも里にも家にも、
それぞれに祀れと申してあろがな、
ここの道理よくわからんか。
は知らしてやりたいなれど、
今では猫に小判ぞ、
臣民にすがれば、にまつわれば、
その日からよくなると申してあろが、
何も難しいことでないぞ、
は無理言わんぞ、
この神示読めばわかるように
してあるのざから、役員早う知らして、
縁ある臣民から知らしてくれよ。
 印刷出来んと申せば
何もしないでおるが、
印刷せんでも知らすこと出来るぞ、
よく考えて見よ、
今の臣民、学に囚(とら)えられていると、
まだまだ苦しいこと出来るぞ、
理屈ではますますわからんようになるぞ、
早う神まつれよ、
上も下も、上下揃ってまつりくれよ、
てんし様を拝めよ、
てんし様にまつわれよ、
その心が大和魂ぞ、
益人(ますびと)の益心(ますこころ)ぞ、
ますとは弥栄(いやさか)のことぞ、
神の御心ぞ、臣民の御心も
の御心と同じことになって来るぞ、
世界中一度に唸(うな)る時が
近づいて来たぞよ。
八月の二十八日、
のひつ九のか三ふで。

解読

 

富士の巻 第二十二帖(一〇二)

 まつりまつりと、
くどう申して知らしてあるが、
まつり合わしさえすれば、何もかも、
嬉し嬉しと栄える仕組ぞ、
悪も善も無いのぞ、まつれば悪も善ぞ、
まつらねば善もないのぞ、
この道理わかりたか、まつりと申して
ばかり拝んでいるようでは
何もわからんぞ。
そんな我れ善(よ)しでは
の臣民とは申せんぞ、
早うまつりてくれと申すこと、
よく聞き分けてくれよ。
 我(われ)が我がと思うているのは
まつりていぬ証拠ぞ、
鼻高となればポキンと折れると
申してある道理よくわかろうがな、
この御道は鼻高と取り違いが
一番邪魔になるのぞ、
と申すのは、慢心と取りちがいは
まつりの邪魔になるからぞ。
ここまでわけて申さば
よくわかるであろう、
何事もまつりが第一ぞ。
八月の二十九日、の一二

解読

 

富士の巻 第二十三帖(一〇三)

 世界は一つになったぞ、
一つになっての国に攻め寄せて来ると
申してあることが出て来たぞ。
人民にはまだわかるまいなれど、
今にわかりて来るぞ、
くどう気つけておいたことの
いよいよが来たぞ、覚悟はよいか、
臣民一人一人の心も同じになりて
おろがな。
 学との力との大戦(おおたたかい)ぞ、
国のの力あらわす時が近うなりたぞ。
今あらわすと、
助かる臣民ほとんどないから、
は待てるだけ待ちているのぞ、
臣民もかわいいが、
元を潰つぶすことならんから、
いよいよとなりたら、どんなことありても
ここまで知らしてあるのざから、
に手落ちあるまいがな。
いよいよとなれば、
わかっていることなれば、
なぜ知らし(さ)ぬのぞと申すが、
今では何馬鹿なと申して取り上げぬこと
よくわかっているぞ。
因縁の身魂にはよくわかるぞ、
この神示読めば身魂の因縁
よくわかるぞ、
の御用する身魂はが選り抜いて
引っ張りておるぞ、
遅し早しはあるなれど、
いずれはどうしても、
逃げてもイヤでも御用さすように
なりておるのぞ。
 北に気をつけよ、東も西も南も
どうするつもりか、だけの力では
臣民に気の毒出来るのぞ、
と人との和のはたらきこそ喜ぶのぞ、
早う身魂磨けと申す事も、
悪い心洗濯せよと申すことも、
わかるであろう。
八月の三十日、の一二か三。

解読

 

富士の巻 第二十四帖(一〇四)

 富士を目ざして攻め寄する、
大船小船、天(あめ)の船、
赤鬼青鬼黒鬼や、大蛇(おろち)、
悪狐(あくこ)を先陣に、
寄せ来る敵は空蔽(おお)い、
海を埋(うず)めてたちまちに、
天日(てんじつ)暗くなりにけり、
折りしもあれや日の国に、
一つの光現われぬ、
これこそ救いの大神と、
救い求むる人々の、
目に映れるは何事ぞ、
攻め来る敵の大将の、
大き光と呼応して、
一度にドッと雨ふらす、
火の雨何ぞたまるべき、
まことのはなきものか、
これはたまらぬともかくも、
生命(いのち)あっての物種(ものだね)と、
兜を脱がんとするものの、
次から次にあらわれぬ、
折りしもあれや時ならぬ、
大風起こり雨来たり、
大海原には竜巻や、
やがて火の雨地震(つちふる)い、
山は火を吹きどよめきて、
さしもの敵も悉(ことごと)く、
この世の外(ほか)にと失(う)せにけり、
風やみ雨も収まりて、
山川鎮まり国土(くにつち)の、
ところどころに白衣(しろぎぬ)の、
の息吹に甦る、
御民(みたみ)の顔の白き色、
岩戸ひらけぬしみじみと、
大空仰ぎを拝み、
地に跪(ひざまず)き御民らの、
目にすがすがし富士の山、
富士は晴れたり日本晴れ、
富士は晴れたり岩戸あけたり。
八月の三十日、の一二の

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富士の巻 第二十五帖(一〇五)

 世界中の臣民はみな
この方の臣民であるから、
ことに可愛い子には旅を
させねばならぬから、
どんなことあってもの子ざから、
疑わぬようになされよ、
疑うと気の毒出来るぞ。
いよいよとなりたら、
どこの国の臣民ということないぞ、
(おおかみ)様の掟(おきて)
通りにせねばならんから、
可愛い子ぢゃとて
容赦(ようしゃ)出来んから、
気つけているのざぞ、
大難を小難にまつり変えたいと思えども、
今のやり方はまるで逆様ざから、
どうにもならなんから、
いつ気の毒出来ても知らんぞよ。
 外国から早くわかりて、
外国にこの方祀ると申す臣民、
沢山出来る様になって来るぞ。
それではの国の臣民
申し訳ないであろがな、
山にも川にも海にもまつれと
申してあるのは、
の国の山川ばかりでないぞ、
この方世界のぞと申してあろがな。
裸になりた人から、
その時から善の方にまわしてやると
申してあるが、
裸にならねば、なるようにして見せるぞ。
いよいよとなりたら苦しいから、
今の内と申してあるのぞ。
すべてをてんし様に捧げよと申すこと、
日本の臣民ばかりでないぞ、
世界中の臣民みなてんし様に
捧げなならんのざぞ。
八月の三十日。のひつ九のか三。

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富士の巻 第二十六帖(一〇六)

 戦は一度おさまるように見えるが、
その時が一番気つけねばならぬ時ぞ、
向こうの悪神は、今度はの元の
根こそぎに無きものにしてしまう
計画であるから、
そのつもりでフンドシ締めてくれよ、
誰にも知れんように
悪の仕組みしてあること、
にはよくわかりているから
心配ないなれど、
臣民助けたいから、
はじっと堪(こら)えに
堪えているのざぞ、
八月の三十日、のひつ九の

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富士の巻 第二十七帖(一〇七)

 の堪忍袋切れるぞよ、
臣民の思うようにやれるなら、
やってみよれ、九分九厘で
グレンと引っ繰り返ると申してあるが、
これからはその場で
引っ繰り返るようになるぞ。
誰もよう行かん、
臣民の知れんところに何をしているのぞ、
には何もかもわかりているのざと
申してあろがな、
早く兜脱いでにまつわりて来いよ、
改心すれば助けてやるぞ、
鬼の目にも涙ぞ、
ましての目にはどんな涙もあるのざぞ、
どんな悪人も助けてやるぞ、
どんな善人も助けてやるぞ、
 江戸と申すのは東京ばかりではないぞ、
今のような都会みな穢土(えど)であるぞ。
エドはどうしても火の海ぞ。
それよりほかやり方ないと
(かみがみ)様申しておられるぞよ。
秋ふけて草木枯かれても根は残るなれど、
人民枯れて根の残らぬようなことに
なりても知らんぞよ。
神のこのふみ、
早う知らしてやってくれよ。
八と十八と五月と九月と十月に
気つけてくれよ。
 これでこの方の神示の終わりぞ。
この神示は『富士の巻』として
一つにまとめておいて下されよ、
今に宝となるのだぞ。
八月の三十日、のひつ九

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